体験談

【ヒンディー語留学体験談】インドの洗礼にはご用心

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大学 大阪大学4年生 1年間の休学
留学先 Kendriya Hindi Sansthan
留学期間/内容 10ヶ月/語学留学
2015年後期より復学

ヒンディー語専攻たるもの

大学では英語以外の新しい言語を身に付けたいと思いヒンディー語を専攻することに決めました。ヒンディー語を学ぶ学生としてインドに留学すべきだと常々思っていたため迷うことなくインド留学を決意しケーンドリーヤ・ヒンディー・サンスターンに来ました。学費の安さ(1年で3万ルピー、約4万5千円)、1年ビザがもらえることも魅力でした。

デリーに留学

火

学校

ケーンドリーヤ・ヒンディー・サンスターンは公立のヒンディー語学校でデリーとアグラにあります。デリーは私費留学生用でアグラは奨学生用です。私はデリーの学校に通っていました。外国人用のヒンディー語学校というだけあって校内にインド人学生はいません。インド人の友達を作るのに苦労している人がたくさんいました。私が留学していたときは中国人、韓国人、ロシア人がいました。学生以外に、ビジネスのためにヒンディー語を学んでいる人が多かったです。日本人も数人いました。学費は1年で3万ルピー(約4万5千円)でした。

手続き

日本から申し込み用紙と日本の大学の教授に書いてもらった推薦状を郵送したしました。申し込み用紙は取り寄せることもできましたが、先輩のコピーをもらいました。
その後しばらく経ってから合格通知が来たのですが現地での手続きの遅さはやはりインドクオリティー。強いて言えば、事務の一番偉そうな人の電話番号を聞いておいたため少し楽でした。インドに着いてからはすぐにオフィスでお金を払わなければいけませんでした。不正が起きないようにお札のすべての番号を書かされました。すぐ現金が必要だったため、レートは悪いですが空港で少しインドルピーに替えておいた方が良いでしょう。

施設、周辺環境

インドにしては悪くないと思います。ファンもエアコンもありました。トイレはティッシュはなく便座に座るのはためらわれましたが、耐えられないレベルではなかったです。
付近にいくつか学校がありとい学園都市といった感じで、かなり安全で静かでした。近くにジャワハラー・ネルー・大学(通称JNU、インドの東大)があったため、伝手を作ればインド人の友達も作りやすかったです。

寮・住居

寮はなかったため近くのMalviya Nagar というところにフラットを借りて女友達3人で住んでいました。月2万ルピーを3人で割って払っていました。アグラの学校には寮があるそうです。

授業・カリキュラム

100(初級、文字から),200(中級、日常会話ができる),300(上級、色々なことを表現できる)と難易度によりクラス分けされていた。本人の希望により好きなクラスを選ぶことができ、私は300にいました。1日4〜5クラスあり、「文法」「スピーキング」「ライッティング」「文学」等のカテゴリーがあったが、カリキュラムといったものはほぼありません。まともな先生が2人。まともでない先生が4人くらいいました。まともな先生は教材をきちんと準備し、分かりやすい声で話し、生徒と対話し、意図を持って授業をしていましたがまともではない先生は、授業に遅刻し、教材も持たず、その授業時間を適当に過ごしていました。

運営・スタッフ対応

政府系の学校のため、スタッフはおそらく公務員です。お役所仕事の典型で問題があっても対応は遅く、授業の質について抗議しても改善のために何かしてくれることはありません。一番初め到着後、学校からのレターがないとFRRO外国人登録が完了しないのですが、そのレターを書くのをめんどくさがってなかなか書いてくれませんでした。インドはこういうものだ、とはやめに慣れて根気強くいくしかありません。

休日・課外活動

学校にインド人がいないため積極的に外に出ました。マトゥラーやアグラ、コルカタ、ムンバイ、ジャイプルに訪れ各地の人たちと交流しました。またインドにはディワリというお祭りがあります。インドのヒンドゥー教徒の新年を迎える祝祭であり、ヒンドゥー暦の7番目の月で新月の日がお祭りの日となります。新月を迎えるにあたりヒンドゥー教徒は家の大掃除をし新しい服を整えます。収穫の時期でもあるため豊穣と幸運の女神、ラクシュナに祈りを捧げます。この他、誰彼なく色粉を掛け合う春祭りのホーリーやダサラなど色々なお祭りがあり非常に楽しめました。

波乱万丈な日々

インド 食事
インドで命の危機を感じた経験です。空いている窓に猿を発見し思わず全力で叫んだ後、「猿は長い棒が嫌い」ということを思いだして探しに行きました。するとその間に猿がキッチンに移動し冷蔵庫を漁り始めました。ガードを呼びに行ってもガードは来ず。インドで猿は狂犬病を持っている可能性があるのでとにかく危険です。狂犬病は動物に咬まれたり接触したりすると発症し、致死率が非常に高いのです。この時は食べ物を咥えて出ていっただけで事なきを得ました。
また朝起きるとどういうワケか、大量の水が流れ込み一面水浸しになっているということもありました。上の階の水道管の破損が原因でしたがこんな事件もインドではよく起こります。

留学を終えて

インド人と

少々のことで動じない

猿に侵入された、部屋で洪水事件、停電、断水とインドでは日本で考えられないような出来事が起こります。そんな環境に長期間いたため、少々のことでは動じなくなりました。外国人に対しても、気後れすることなく接することができるようになりました。

語学力と「喧嘩力」

ヒンディー語のみならず英語の力もつきました。英語の流通度が非常に高いインドだからこそ自分次第でマルチリンガル、トリリンガルも夢ではありません。
また喧嘩が強くなりました。インドは良い人も多いのですがそれ以上に悪い人がいます。特に日本人はお金を持っていると思われ良い人を装ってスキあらば騙そうとしてきます。時間にルーズな人も多く、時間に正確に行動する日本人はイライラすることが多くなります。そんな人たちと接していると喧嘩することが増え結果的に強くなりました。これは外国人に気後れしない、ということにもつながっているかもしれません。

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