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アグラ城塞、悲しき国王が幽閉された城塞の秘密とは

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アグラ城塞はニューデリーからメトロで4時間ほどのところにあり、またタージマハルからとても近いため、朝はタージマハルに行き、昼からアグラ城塞を観光するという留学生が多いです。タージマハルとアグラ城塞は歴史的にも関わりの深い場所であり、それを知ってから行けば何倍も楽しめる場所だと思います。今回はそんなアグラ城塞に行ってきました。

タージマハルに関して次の記事で詳しく紹介しているので、併せてぜひご参照下さい。
参考記事:インド観光1位のタージマハルで不浄の手になった話

アグラ城塞とは

古都アグラのアグラ城塞は、周囲2.5㎞に及ぶ巨大な赤い城塞です。16世紀からインドで繁栄を誇っていた、イスラム勢力のムガル帝国歴代皇帝の城で、帝国の強大な力と栄華の象徴と言われています。ムガル帝国第3代皇帝アクバルがデリーからアグラに遷都した際に造り、その後3世代の皇帝の居城となりました。

赤砂岩でできた重厚な城壁で囲まれるため、「赤い城」と呼ばれています。当時赤色は力強さを表し、白色は純白を表しました。アグラの内部はタージマハルを造った第5代皇帝シャー・ジャハーンがほとんどを造ったため、アグラ城塞の内部は真っ白の建物が多いです。

アグラ城塞とタージ・マハル

ウラングゼーブがシャー・ジャハーンの後継者争いに勝つと、財政を圧迫するほどの巨額のお金を投資して黒いタージマハルを造ろうとした父を城塞内の「囚われの塔」に幽閉してデリーに遷都しました。

シャー・ジャハーンが幽閉された部屋は彼好みの白い大理石で出来た部屋でしたが、彼は死ぬまでの8年間そこから出してもらうことが出来ませんでした。シャー・ジャハーンはその部屋から見える愛する妃の霊廟タージマハルを見ていたと言われています。現在は、シャー・ジャハーンが幽閉されていた部屋には入ることが出来ませんがその隣からヤムナー川を挟んでタージマハルを望むことが出来、当時のシャー・ジャハーンの気持ちを偲ぶことが出来ます。

アグラ城塞に実際に行ってみた

アーグラ城塞の外観

行く前に想像してた以上に大きかったです。近くにタージマハルがあるため少し陰ってしまいますが歴史的にも建造物的にも面白い城塞です。アグラ城塞の前には5歳くらいの男の子たちがガラス細工のキーホルダーをたくさん持って「Please…. Please」と言ってお金を求めている子供は、膝から下が麻痺しているのに一生懸命歩いてお金を稼いでいる老人の姿が居ました。成長している一方でこのようなものを見てしまうと、インドの教育の差と貧富の差は大きな問題であると感じました。

インドの英語教育については次の記事を参照して下さい。
参考記事:インドの教育システムと英語スピーカーの関係性に迫る

整備された道

城塞内の道もとても整備されていて、当時の文明が高い技術力を持っていたことがわかります。

きれいな庭園

庭園もとてもきれいでした。毎日整備しているようで、ゴミが一つも落ちていません。

リス

庭園内にはリスが居るのですが、餌をもらっているせいか人に近寄ってきます。近くにいるおじさんから20Rsで餌を買って、あげることも出来ます。

白大理石の内装
建物の外は赤い石で造られていますが、このように建物の中は白い大理石で出来ているものが多く、外観とのコントラストもあり、とても綺麗です。

アグラ城塞にいるサル

城塞内にサルがいました。白大理石の中でたそがれているサルが、城塞内に幽閉されていたシャー・ジャハーンと重なります。

アルラ城塞から見えるタージマハル

アグラ城塞から見えるタージマハルはこんな感じです。最近のインドはPM2.5がすごく、行った日もかなり曇っていましたが、当時はきれいに見えていたんだろうなと思います。

まとめ

今回はタージマハルと関係の深いアグラ城塞について紹介しました。シャー・ジャハーンが亡き妃を思って、タージマハルを造りその後アグラ城塞に幽閉された歴史を肌で味わうためにはタージマハルに行ってから、アグラ城塞に行かれることをオススメします。インドに来た留学生なら必ず行くであろうタージマハル。そのすぐ近くにあるアグラ城塞にもぜひ行って見てください。

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